本研究所は2018年の発足以来、講演会を毎年1~2回実施してきたが、コロナ禍のためやむなく2020年1月の第5回講演会以降、実施が見送られてきた。しかしながら、コロナ禍がやっと落ち着き始めたタイミングを見計らい、2021年11月7日(日)に約1年10か月ぶりに第6回講演会をハイブリッド形式で開催した。もちろん、会場については万全の感染対策を行った上での開催である。今回、講師としてお招きしたのは、日本の死亡率や生命表研究の第一人者である、慶應義塾大学経済学部の石井太教授である。演題は、これまでの講演会に比べてやや学術寄り「長寿を測る-生命表とその応用-」であった。
実は、このような少々学術寄りのテーマとなった理由は、石井教授を招いた私(井上孝)が「生命表や日本版死亡データベースについて、初学者にもわかりやすく講演いただけないか」とリクエストをしたからである。生命表とは、平均寿命を算出する際の一連の計算手続きを示した表のことであり、この表を理解するためには仮説コーホートという抽象的な概念を把握しなければならないのであるが、私自身が自分の授業の中でこの仮説コーホートの説明をするのにとても苦労してきた思いがあった。また、日本版死亡データベースとは、石井教授が中心となって開発した死亡率の統計データ群であり、国内の都道府県単位の比較や日本と海外の比較を容易にした画期的なデータベースである。これらをリクエストしたのは、いずれも本研究所の活動の趣旨に合致するものと考えたからであった。石井教授はこのリクエストを快諾してくださったが、そのあと実は少し無理強いをしてしまったのではないかと少々後悔した。いかにこれらの分野の第一人者であろうとも、たった90分間の講演でこれらの内容を初学者にわかりやすく説明するのは容易ではないのではと危惧したからである。しかしながら、この危惧は完全に杞憂に終わった。
石井教授は、生命表については、その考えの基礎を作ったのがハレー彗星で有名な天文学者ハレーであったことを導入部に入れて参加者を引きつけ、仮説コーホートについては、すぐに故障してしまう性能の悪いコンピュータを購入し続けた社長の例を引き合いに出して、とてもわかりやすく説明をされた。私自身、なるほどこのような説明の仕方があるのかと感心した次第である。また、日本版死亡データベースについては、それを使うことで、阪神・淡路大震災や東日本大震災が平均寿命に与えた影響の大きさや100歳まで生きられる確率がどのように変化し今後どのように変化しうるのか、などをとても興味深い例を用いて解説された。これらのトピックスが本当に参加者に理解されたかどうかは、講演後に提出していただいたアンケートや聴講学生に書いてもらったリアクションペーパーからも明らかである。「生命表や日本版死亡データベースについては全く知らなかったが、今回の講演でそれら考え方がよく理解できた。平均寿命の背景にはこれだけの世界が広がっていることに驚いた。」という趣旨の記述が多く、今回の講演会を開催した意義は十分あったと感じている。
当日の参加者は、会場参加者70名、ZOOM参加者40名、あわせて110名ほどであった。講演後の質疑応答タイムでも、会場およびZOOM参加者から学生を含む多くの質問が寄せられたが、石井教授はいずれの質問にも丁寧かつ的確に回答されていた。特に印象に残ったのは、ある学生から発せられた「今回の講演では健康寿命に触れられていなかったが、先生のご研究は健康寿命にどのように応用できるのか」という質問だった。若い学生もこうした日本の将来問題に少なからず関心をもっていることに、人口研究者の一人としてうれしく思った次第である。
繰り返しになるが、今回の講演会はまさに本研究所の趣旨に合致した、意義深くすばらしいものであり盛会に終えることができた。これもひとえに石井教授の専門家としての知識の豊富さと話術の巧みさによるところが大きく、同教授には心より感謝申し上げる次第である。今後も、超高齢社会を突き進む日本の課題を啓発し、長寿を喜ばしく思う持続可能な社会を構築するための知恵を提供する講演会を研究所として開催していきたい。