本研究所のプレゼンスを内外に示すとともに,一般には馴染みのうすい「ジェロントロジー」を啓蒙して,これからの超高齢社会のあり方を議論することを目的として,2018年11月18日(日)に本多記念国際会議場にてジェロントロジー研究所・第1回講演会が実施された。諏訪中央病院名誉院長であり作家でもある鎌田實氏を講師としてお招きし,「地域包括ケアをどうつくるか―健康長寿・在宅ケア・看取り・絆を考える―」という演題でご講演いただいた。地域包括ケアとは,要介護状態になっても住み慣れた地域での暮らしを続けられるよう医療・介護・生活支援等を提供する地域医療福祉のことであり,超高齢社会への処方箋として厚生労働省が2025年の構築を目指す施策である。まさにジェロントロジー研究所の第1回講演会にふさわしいテーマであろう。本講演は,諸課題を含みながらも急速に整備されつつある地域包括ケアシステムとして鎌田氏自身が関わった多くの実例を取り上げ,それぞれの地域で,立場の違う人たちが,どのように信頼関係を構築し,高齢者ファーストのサービスを提供してきたかという内容であった。会場には本学の学生,教職員,卒業生のほか,多くの一般の方にもお越しいただき,総勢120名ほどの参加者が鎌田氏の情熱的な講演に聴き入った。
講演会は,鎌田氏が個人的に交友のあった樹木希林氏に対する終末期医療,いわば看取りの現場の話から始まった。その後,諏訪中央病院の院長として,地域包括ケアという言葉がほとんど浸透していない時代から,地域の高齢者の健康増進と在宅医療の拡充に奮闘努力されてきた体験談が語られた。それらの体験談は,地域包括ケアシステムの実証モデルそのものであり、厚生労働省の現在の施策への流れを作ったご本人ならではの,きわめて説得力のある内容であった。講演を通じて強調されたことは,地域包括ケアシステムの成否を決めるのは,それに関わるすべての人間同士(患者,家族,医療チーム,地域住民など)の信頼関係であり,特に患者さんとの心の交流すなわち絆が重要であるという点だった。鎌田氏が活動拠点としてきた長野県は,近年,平均寿命が大幅に伸び2015年に男女とも日本一となった。鎌田氏による,食生活改善運動や健康づくり等の地道な取り組みが平均寿命の伸長に貢献したことは間違いなく,信頼関係や絆を重視する鎌田氏の信念の正当性が証明されたといってよいであろう。
講演後の質疑応答では,鎌田氏による地域包括ケアのモデルを全国に広めるにどうしたらよいかが議論された。鎌田氏によれば,その拠点となるべき地方の病院にマンパワーの余裕がない点が問題であるが,その一方で,全国の医学部生の中には地域包括ケアを志す者が一定数存在しており,有為な人材が地方の拠点病院に移る例も実際にあるとのことである。したがって,今後は,そうした人材と地方病院とのマッチングを加速させる仕組み作りが必要ではないかと思われる。講演を聴いた誰もが,日本の超高齢化社会に確かな希望を見いだせたことだろう。